“ むかし、好きだったの ”


宇宙言語学者ミリセント・ウィレムが、偶然画像に映り込んだ元恋人、井上竜太郎博士の姿を見てのセリフ


事件のブロックチェーンで出来上がっているようなプロレス界に比べて平和なSF界。アメリカには「ケンカ屋」というプロレスラーのようなキャッチフレーズを持ったハーラン・エリスンのような人もいますが、日本SF界はホント平和。
そんな平和な日本SF界において、映画『さよならジュピター』は事件でした。
ということにしましょうよ。
なぜ映画『さよならジュピター』は事件だった(と言い張れなくもない)のでしょう?

 

素朴なSF少年(私)は、SF映画の傑作の誕生を疑いもしなかった

私が初めて『さよならジュピター』製作について知ったのは「月刊スターログ」創刊第3号、1978年12月号でした。残念ながらその号はもう私の手元にはありませんが、後の号によると、月刊スターログ創刊3号に初めて『さよならジュピター』情報がのって、それを私も読んだのです。
それは、「世界に恥じないSF映画を作ろう」と、小松左京を中心に(お頭に?)、日本を代表するSF作家たちが集まり、ブレーンストーミングを重ねているというニュースでした。集まった作家たちの写真とともに宇宙船のデザインがのようなものも載っていたような気がしますが後の記事などの記憶と混ざってるかもしれません。
1978年というと昭和53年。『スターウォーズ』が大ヒットしたおかげで、SF映画がブームというか、定着していき始める年でした。そこへこのニュース。SF小説を読み漁り出したそのころ16歳の私は期待に胸がふくらみました。このメンバーなら、アメリカのSF映画とはまた違った、SFファンを満足させてくれる映画が出来上がるに違いない、と。
そうです。
富士山のふもとでぼんやり育った素朴な少年(私のことね)はほんのちょっぴりも気づかなかったのです。
映画と小説は違うものだということを。

そして期待は膨らむばかり

 

その後も間隔をおきながらも月刊スターログには『さよならジュピター』情報が載りました。
手元にある月刊スターログNo.46 1982年8月号では「イオ潜入レポート」として、ページを割いて特集しています。
小説版が上下巻で刊行された後で、加藤直之による小説版のカバーイラストや「週刊サンケイ」連載時の挿絵、スタジオぬえの宮武一貴によるメカデザイン画、小松左京の手による絵コンテなどの図版が並び、シナリオの製作過程なども詳しく書かれています。
出演者はまだ決まっておらず、主役の本田英二はオーディションで決めるというのはいいとして、ヒロインのマリアは「スクリーンにただ映っているだけで可憐な感じの金髪女性でなくてはならない」なんて書いてある。「なくてはならない」。
小説版ももちろん読んで、長いんだけどすごく面白くて、映画への期待に胸がパンパンになったのを覚えています。
そうです。
浅間神社の裏の湧玉池に足を入れて「冷たくてきもちいいら」などと言いながらぼんやり育った素朴な少年(私)にはまったく思いもよらなかったのです。
こんな長い話が一本の映画でまとまるわけがないということを。
思えばこの小説版を読み終えたころが『さよならジュピター』に対する期待が最高値だったのでした。
それともうひとつ素朴な少年が考えもしなかったのは、ストーリーが全部わかってる映画を観ても面白くない、ということでした。

実は小説版もちょっぴり「?」だった



今回この記事を書くために、電子書籍になっている小説版を読んだのですが、今になって読むと、素朴な少年にはあんなに面白かった小説『さよならジュピター』が、あれ?なんだか変だぞ?変な小説だぞ、と思えてしまいました。

素朴な少年(私)が、都会の絵の具に染まったおっさん(私)になってしまったからでしょうか?
30年以上前の小説をあれこれ言うのはフェアじゃない気がしますが(映画もだけど)、「週刊サンケイ」という掲載誌のせいでしょうか、ちょこちょこ「これ必要か?」と思うようなエロ描写を突っ込んでくるんですね。
あと、裸のおっさんを少女(もしくは少女に見えるような女)が、マッサージするシーンが2回も出てきて、2回とも少女の方からおっさんをSEXに誘って、おっさんが断るという同じ流れ。誰の趣味だよ。
都会の絵の具に染まったおっさんは年頃の娘を持つおっさんでもあるので、昔の小説とはいえ、いい気持ちはしません。
主人公英二の行動もなんかおかしくて、大事な会議の途中で女(マリア)に呼び出されてひょこひょこ中座したあげくに誘拐されちゃったりして、「こいつバカか?」と思ってしまいます。
それでも半ばくらいからでしょうか、太陽系に迫る危機が明らかになるにつれ不要な描写もなくなり、盛り上がってきます。

増刊2号に続く

blinkkisi