過去は確かにあったけど、未来はあるとは限らない。
何言ってんでしょう?
というわけで、現在や未来の心配や不安はきれいさっぱり忘れて過去の楽しかったことだけ思い出したい人々のための後ろ向き企画「オトーは月刊スターログと」もかれこれ31回目。
今の私の心配は、手持ちの「月刊スターログ」がもうあまり残ってないことでしょうか。でもあと何冊あるか数えたりしないのね。先のことは考えないのね。恐くなるから。たぁだ、あなたの優しさが恐いのね。
そんな錯乱気味の言葉の応酬の中、今回のスターログはこれ。

月刊スターログ日本版NO.39:1982年1月号 定価680円

表紙

巻頭のピンナップは、両面モノクロですが、ちょっぴり厚い紙で年賀状仕様のA HAPPY NEW YEARポストカードが8種面つけされています。
『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』からインディ・ジョーンズと、あとこれ誰だっけ?女。そして『スターウォーズ』からルーク、レイア、ヨーダの三者。カツオ、ワカメ、波平、みたいな感じでしょうか(なわけない)。『スタートレック』からは代表としてミスタースポックが劇場版第1作の写真で登場です。テレビ番組から『ワンダーウーマン』のダイアナ(声:由美かおる)、『超人ハルク』からハルクもあります。
今となっては大ヒットシリーズ超有名映画より、テレビ番組の写真や資料の方が貴重というか、あまり目にしないのでうれしかったりします。

そのころアッカーマンは65歳だった

「ミスターSF」とも呼ばれた作家、編集者、そしてコレクターのフォレスト・J・アッカーマン “Forrest J Ackerman” の65歳の御誕生会の招待状が紹介されている。
それによると、1981年11月22日、ロサンジェルスのビルトモア・ホテルのクリスタル・ボールにて、6時半からレセプション、7時半からディナーという予定。
ゲストが豪華で、マーク・ハミル、レイ・ブラッドベリ、ハーラン・エリスン、ジーン・ロッデンベリー、A・E・ヴァン・ヴォークト、ロバート・ブロック、ジョン・ランディス、そしてロビー・ザ・ロボット!
一流SF作家から映画スター、映画監督まで。そして人類からロボットまで。さすがの顔ぶれです。招待状には『メトロポリス』の人造人間マリアの半分内部図解になってるイラストが配されています。

そのころハリーハウゼンは『タイタンの戦い』だった

レイ・ブラッドベリがアッカーマンの御誕生会でディナーにうつつを抜かしているちょうどそのころ、もう一人の大物レイである、レイ・ハリーハウゼン “Ray Harryhausen” は、映画『タイタンの戦い』“Clash of the Titans” を作っておりました。
この号にはハリーハウゼンのインタビューが見開き2ページで載っており、自分の新作旧作について語っています。
「コンピュータを使った技術に移るのではないか?」との質問には、

「皆が私に他人の仕事の後を追うように転向することを望んでいるみたいだね。今まで自分のやり方で成功してきたと思っている。もちろん、まだまだ改善の余地はあるが時間を切りつめるためにテクノロジーを使おうとは思わない。私の映画ではそれは決して目的じゃないしね」

と答えています。ハリーハウゼンは1920年生まれなので、この時61歳。アッカーマンより4つくらい若いんですね。
ハリーハウゼンは2013年に92歳で他界していますが、『タイタンの戦い』が最後の映画だったそうです。

 
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そのころマッドマックスは2で、レイダースのスタッフは蛇に噛まれながら仕事していた

公開間近だった『マッドマックス2』“Mad Max2”も見開き2ページで紹介記事がありますが、前作の大ヒットで予算が10倍の約12億円になった、と書かれています。一作目は1億2000万円くらいだったってことですね。
さすがオーストラリア。低予算でも、アイデアと広大な土地と命知らずのスタントマンがあれば大ヒット映画を作っちゃうんですね。まぁ、駄作の屍が累々と層を成していそうな気もしますが。


『マッドマックス2』の記事の後にはスティーブン・スピルバーグのインタビューが載っています。『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』がらみの話ですね。
その中に「魂の井戸」の蛇だらけシーンを仕切ったスタッフ、マイク・カリングの言葉が紹介されている。

「パイソンには毒はなかった。でも本当に噛みつくんだな。しかも一旦噛みついたら決して離さないんだよ」

すげーなマイク。
マイクはコブラも扱っていて、コブラの毒の血清の手配が遅れて、その到着を待つ間撮影が止まってしまったなんて話もしてる。
噛まれるの前提だよ。やっぱすげーよマイク。
撮影クルーの半数が蛇を怖がり、半数がクモを怖がったとか言ってるし。

 

そのころ藤波辰己はヘビー級に転向していた

「SFはプロレスだ!」というタイトルで村松友視、高千穂遥、横田順彌の対談が載ってます。
どうでもいいような対談ですが、デビッド・プラウズ(ダース・ベーダーの中の人)、ルー・フェリグノ(テレビ版ハルクの人)の筋肉美写真に藤波辰己の写真が並べられ、「ヘビー級に転向した藤波辰己」というキャプションが付いていて、ああ、このころだったのかぁ、と思ってちょっと懐かしかったのでした。
ちなみに初代タイガーマスクがデビューしたのは1981年の4月なので、新日本プロレスが記録的な大人気を獲得していくのはもう少し後のことですね。
もうひとついうと、映画『さよならジュピター』のブレーンストーミングの時にプロレスや格闘技の話を延々と続けて(時には技の実演もして)、同席した脚本家を怒らせ、映画の製作から離れさせてしまったのが高千穂遥と横田順彌らしいですね。

と、いうわけで。隙があれば『さよならジュピター』の話をしたがるのがバレたところで「オトーは月刊スターログと」#31は終了でございます。
では次回までごきげんようさようなら!