幕開け、いきなりの拷問処刑シーン。
裸で杭に縛りつけられた人に、煮えたぎる熱湯がかけられます。穴の開いた柄杓を使うのは熱湯が少しずつ流れるようにして苦痛を長引かせるためです。
拷問されているのはキリスト教の神父たち、拷問している日本人の役人たちは、神父たちに神と福音を棄てろと迫り、熱湯をかけているのです。
その光景を少し離れたところから見せつけられているのが、後に棄教したフェレイラ神父で、その様子を知らせるフェレイラ神父からの手紙が数年をかけてポルトガルのイエズス会に届き、フェレイラの弟子であるガルペ神父、ロドリゴ神父の前で読み上げられます。弟子たちにはフェレイラ神父が生きていることと、棄教して日本人として暮らしているという噂があることも教えられます。
師であるフェレイラの棄教を信じられず、その事実と生存を確かめるため、ガルペとロドリゴはマカオにいた日本人漁師、キチジローの手引きで日本に潜入します。

 
沈黙 -サイレンス-

 

キリスト教徒でもなければ、他に「信仰心」があるわけでもない私ですが、熱湯での拷問シーンから始まったためか、いきなり強く感情移入して、最後まで緊張しっぱなしで観ていました。
159分という長い映画ですが、あまり長さは感じません。でも「あっという間の159分」というのではなく、重い重い、考えるところの多い159分でした。

はじめは、死んだら信仰も何もないだろうと思いながら見ていましたが、日本の信徒たちの様子を見ていると、弾圧以前からそもそも貧しく苦しい生活をしていたように見受けられ、信仰こそがそこに光をもたらしたのだと思うようになりました。
囚われて棄教を迫られる日本人信徒に「死ねばぱらいそに行けるのでしょう?」と言われた時のロドリゴの戸惑った表情は印象的です。
信徒たちは極限の苦難を受けますが、神は救ってくれません。神は沈黙し、人は選択します。信仰を守り命を落とすか、棄教して終わりない苦難の中生きて行くか。

「演技」のことなど何も知らない私ですが、イッセー尾形の演技はこりゃすげーな、と思いました。
弾圧の親玉みたいな爺さんの役なのですが、立ったり座ったり歩いたり歩けなかったり、もう仕草ひとつひとつ恐くてでもかなりの爺さんで、権力と老害と既成概念をこね合わせて人の形にしたような爺いになりきってました。
微妙に薄く笑ったと思うと冷酷この上ない顔になり次の瞬間また笑うってどんな顔面筋だよ。
演技って訓練なんだな、と思いました。

信仰のない私でも弾圧する側される側の行動や言葉が重く届き、いろいろ考えさせられる映画でしたが、これ、キリスト教徒の人が観たらどうなんだろう?真面目に自分のこととして考えるには、あまりに重い映画のような気がします。

いい映画を観た後は映画館で観ておけばよかったな、と思うことが多いのですが、これは映画館で観たら衝撃が強すぎただろうなぁ、とも思ってしまいました(今回はNetflixの配信で、テレビ画面で鑑賞しました)。

映画は静かに静かに終わってゆき、ありきたりな言い方で恐縮ですが、ラストシーンは心が震えました。
そしてエンドロール。
映画の力に打ちのめされてボーッとしていたら、エンドロールが始まるや否や、次のオススメ映画をバァーン!と紹介し始めてくれましたNetflix。
なんかアクションドラマの絵が大映しになって、余韻に浸っていた私の心もバァーン!と吹っ飛ばされていろいろ台無しになりました。

今ならamazonプライムビデオでも観られるので、そちらでの鑑賞を強く強くオススメします。
(Netflixのあの仕様、なんとかして欲しいよなぁ。観るものは自分で選ぶってば。観るもの探すのも楽しみなんだけどねぇ)

監督はマーティン・スコセッシ。
出演はリーアム・ニーソン、アダム・ドライヴァー。スターウォーズのクワイ=ガンジンとカイロ・レンですね。ロドリゴ役のアンドリュー・ガーフィールドは『アメイジング スパイダーマン』でピーター・パーカーやった人ですね。みなさん演技の幅がお広い。

amazonプライムビデオこちらから↓



沈黙 -サイレンス-

 

1971年の篠田正浩監督版もあります。見比べたい気もしますが、連続鑑賞するのはなかなか重いでしょうね。

 
沈黙 SILENCE

 

そして遠藤周作の原作。私は未読ですが、いつかは読むべきかと。

 
沈黙

 

blinkkisi