実は私は不器用で、昔から図画工作の図画は得意だが、工作は苦手だった。
多分、絵はなんとなく描いていてもそれなりになんとかなっちゃうのに対して、工作は手順を決めて作業しないとどうにもならないという事に関係があるんだと思う。
ちなみに粘土細工は得意で、わりと自信がある。
ついでにもひとつ言うと、息子が小さいころは子供向けの雑誌の付録もかなり作った。
紙工作だけれど、決まった手順に従えばでき上がっていくので、差し込む穴が300番くらいまであるやつもキッチリ作った。
できあがるそばから息子が遊び始めて、あっという間に壊してしまったが。
妻は私と反対で、工作や日曜大工的なことが得意で、大好きである。段ボールに布を貼った物でカラーボックスに入れる引き出しを作ったり、あちこちに棚を吊ったり、ということをよくやっている。
収納スペースの確保は主婦の本能とでもいうべきものだが、やはり、作業そのものが好きなんだと思う。
ある日私が帰宅すると、ダイニングテーブルのセットがやけに低くなっていたことがあって、何が起こったのかとびっくりしていると、「高すぎたから」、テーブルとイス四脚、合計二十本の脚をノコギリで切断したという。
「全部の高さを揃えるのに苦労したよ」だって。
庭には約15センチメートルの脚の残骸が二十個ころがっていた。
テーブルはその後、さらに切断処理が施され、コタツくらいの高さのテーブルとなったが、やがて、家具調コタツとの生存競争に敗れ、その生涯を終えた。
イスは三つ並べた上にコタツ布団とクッションを乗せ、ソファーのようにして使っていたが、つい最近姿を消した。
家が狭いので、「収納」の名のもとに、全ては回転していくのだ。
私たち夫婦はベッドを二つ並べて寝ているが、ある日、そのベッドの下の空間が妻の目にとまった。とまってしまった。
妻は日曜大工の店に走った。走ってしまった。
その日私が帰宅すると、ベッドの下に、巨大な引き出しのように見えるものが設置されていた。
「見て見て、ジャーン!」と、妻が取っ手を引っ張ると、ベニヤ板をたわませながら、巨大な引き出しが姿を現わした。
巨大な引き出しに見えたものはやはり巨大な引き出しだったのだ。
「何を入れるかが問題なんだよね。あんまり重いとダメだし、細かいもの入れても使いにくいし」
新たな収納スペースを手に入れた主婦の目がキラキラ輝いていた。
それから二週間ほどたったある日。
「あのさぁ…」妻が沈んだ声で話し始めた。
「ベッドの下の引き出しに布団を入れたんだよね。
ほら、掃除機で吸ってペッタンコにする袋に入れて」
ああ、なるほど。それなら、重くもないし、大きさもちょうどいいね。布団もペッタンコで二重にお得な感じだね。
そうやって布団を入れたのが数日前。
「で、今日、お掃除してたらさぁ、シューッて音がするんだよね。どこからともなくシューッて」
どこからともなくシューッか…。
SF映画でありそうだな。
どこからともなく空気が漏れている宇宙船で、乗組員が必死で空気漏れの場所をさがしていて、シューッという音とともに、場面が盛り上がっていくようなシーン。
「で、そのシューッは、ベッドの下の布団袋だったわけよ」
わけか。あはは。
妻がシューッの出所をつきとめて覗きこんだ時には、袋に開いた穴から入った空気で、布団は元の大きさに膨れ上がっていて、巨大引き出しは押しても引いてもビクとも動かなくなっていた。
うちで盛り上がったのは布団だったのだ。
妻がいない時に、そっとベッドを持ち上げようとしたら、引き出しまで形を歪めながらいっしょに持ち上がりそうになったのであわてて元に戻した。
それっきり放置してあるが、収納スペースもなくなり、布団も使えなくなり、二重に損した気分だ。
どうしよう。
誰か助けて。
●追記
実はこの文章は一ヶ月ほど前に書いたものだが、妻に見せたところ「これじゃ、私がまるでバカみたいじゃないか」と、クレームがつき、公開を見送っていたのであった。
しかし妻が「オカーの日記」で、私のバカ話を暴露したので、報復措置としてこのたび公開にふみきった。
このまま二人で報復のドロ沼にはまりこみ、世間から「バカ夫婦」のレッテルを貼られるのではないかと危惧している。
加えて、息子のバカッぷりも「こぞーらの書」ですでに公開済みなので、きっと、わが家は「バカファミリー」というカテゴリに入ってしまうのだろう。
Yahoo!で「バカファミリー」を検索したらわが家が引っかかったなんてことになったら、世界公認のバカファミリーだな。
いつの日にか、「おりこうファミリー」の「おりこうエピソード」を書きたいものだ。
あ、そうそう、ふとんはその後無事に救出され、巨大引き出しは薄手のふとんの収納場所として活躍している。めでたしめでたし、と。
「●追記」までが2002年に書いたものです。
2015年の解説
というしだいで。どこかに書いたかもしれませんが、この巨大引き出しはすでにその役目を終え、解体、処分されました。
こんな妻ですので、決断力、実行力は私よりずっと強力で、家のリフォームとか車を買い替えるとか大きなことはみんな妻の発案と決断で行われています。なんていうか、おっとこまえなんです。
この話の翌年、VHSのビデオデッキの最後の一台が壊れ、ハードディスクレコーダーも買っていたのでもうビデオテープも捨ててしまおうということになった。
私はテレビを録画するのが大好きだったので、見られないとはいえテープにも愛着があり、アニメやドラマの題名をパソコンを使ってプリントしたラベル、「プロレス」などと記された、へたくそな手書きのラベルを見ると、いちいち何かを思い出し、感傷的になってしまう。
ちゃかちゃかと「捨てるもの段ボール」に入れていく妻の前でどうにも手の動きが鈍りがちな私だったが、もたもたしてると妻に怒られてしまう。妻には何の迷いも躊躇もない。迷いも躊躇もなく、私たちの結婚式のビデオテープも段ボールに投入された。式場で録った、金色のケースに入ってるテープだ。
「それも捨てちゃうの?」
と言うと、妻は不思議そうな顔で、
「だって見れないんでしょ?」
そうだけどさ。
なんていうか、感慨っていうか思い出的な何かっていうか、ごにょごにょごにょ。
私は常に優柔不断だが妻はおっとこまえである。
やがて。
私が定年を迎えた翌朝あたり。
私は捨てられるだろう。
戸惑うばかりの私に妻は言うのだ。
「だってもう働かないんでしょ?」
そうだけどさ。