この時期会社の仕事が忙しい私は、昼食後には睡眠をとって午後の仕事にそなえるのを常としていた。
その日も机に突っ伏して眠りの世界に沈みかけていたがその時、
ヴーン・ヴ・ヴ・ヴヴーン、ヴーン・ヴ・ヴ・ヴヴーン
私がセッティングしている、あえて人に不快感を与えるヴァイブレーションで iPhone が振動した。
机から体をはがして iPhone を見ると実家の母からの電話。
平日のこんな時間に実家から電話!
誰か死んだか?
死んだとしたら誰だ!?
皆いい歳のおじさんおばさんの顔が脳内にずらっと並ぶ。
着信をタップすると母の声。
「あんたぜんたんぐるって知ってるら?」
は?
ぜんたさん?死んだの?でも誰それ?
とは思わなかったが、田舎の母の第一声が “ゼンタングル” とは。視界の外からハイキックだ。
「あんた、やってるだら?ゼンタングル」
先日テレビでゼンタングルを知って興味を持った母がそのことを兄に話すと、私がゼンタングルをやってるはずだと言われた、ついては何か情報をくれ、ということらしい。
ゼンタングルねぇ。
私が以前ブログに書いたのを兄が読んでいたらしい(→ゼンタングルはじめました →ゼンタングルで夫婦円満)。
ゼンタングルねぇ。
母は電話の向こうでゼンタングルとは何か教えろと喋り続けている。
つってもなー。
「えーと、何か模様とか描くんだよね」
「ふんふん」
「……」
「……」
「なんかこう、模様を組み合わせるんだよね」
「そーう。集中力にもいいらしいじゃん」
“集中力にいい” というのは日本語的にはやや間違ってるような気がするが、心が柔軟な私はそこには触れず、
「集中すれば集中力にいいだろうね」
「ねー。どうやる?」
どうやる?ゼンタングルを?どうやる?
奥深いゼンタングルの世界をこの昼休みのひと時に説明するのは不可能なので、
「本とか買って読めばよく分かるよ」
「そうだねー。なんて本?」
めんどくさくなってきた。
「本の名前にゼンタングルって書いてある本だよ。本屋にあるよ。たくさんあるよ」
「あんたはなんて本買った?」
覚えてないよ。
なんだか母は、どこかゼンタングルを教えてくれるところでもあれば通いたいようなことも言っていたが、さらに私にはわからない話なので、本を買えばそういうことも書いてあるかもよとはぐらかして電話を切った。
少しでも眠らないと午後の仕事に障るので、私は再び机に突っ伏した。
眠りに落ちながらふと思い出した。前に母から絵手紙が届いた時期があったなぁ、もうしばらく見てないなぁ、母の絵手紙。もう書いんだろうなぁ、絵手紙。
そうだ。
家に帰って自分が買った本の名前が分かったら教えるよって言っておいてまだ連絡してないや。
親不孝な私をどうかお許しください。