「あ、伸びてきた。ほらあそこが伸びたがってるよ!」
蜃気楼観察の難しさに打ちのめされ、その場を去ろうとしていた愉快な仲間御一行様に、不思議なおばさんの声が響いた。
おばさんは、さっきのおじさんが「あっちにも出れば解りやすい」と言っていた方向(前回参照→愉快な仲間 魚津・宇奈月温泉の旅 その第4回 この世はすべて格差社会。蜃気楼にもレベルがあったの巻)に双眼鏡を向け、みんなに教えている。
「ほら、あの高い塔の左の建物の上に王冠みたいに三本伸びてるでしょ?あそこが伸びたくてしょうがないのよ。さんぼん伸びたいのよ」
なるほど。
高い塔というのはかろうじて肉眼でも見える(発電所の一部らしい)。が、左の建物というのはよくわからない。
おばさんはみんなに双眼鏡を覗かせて、
「まず肉眼で塔を確認してからよ。それから見るのよ。その塔の左。屋根から王冠みたいに伸びてるでしょ?あんな建物ないもの。ね?あそこが伸びたいのよ」
と説明している。
双眼鏡を借りて蜃気楼を見てはみたいが。
伸びたくてしょうがない?
このおばさんは関わっても大丈夫な人なんだろうかと躊躇してしまう。
あそこが伸びたいのよ?
しょうがないのでそれらしい方向にカメラを向け、最大ズームで写真を撮ったりしていたが、ふと振り向くと “物怖じ” ということを知らない愉快な仲間婦人部の一人が、三脚に据えられたおばさんの双眼鏡を覗いていた。
「塔の?左?あー!王冠?あー!あの伸びてるとこ?あー!あるあるさんぼんある!」
見えてるのか?婦人部、見えてるのか?
双眼鏡から目を離した婦人部に、
「わかるの?」
と訊くと、
「あーゆーもんなんだねーうふふ」
と薄く笑った。
私もそっちにカメラを向け、人が行き交って三脚は立てづらい感じだったので手持ちで何度もシャターを切った。
光学40倍は強力だが、ひとつ弱点があって、手持ちだとちょっとぶれると狙っていたものがモニターからはずれて、どこにあるのかわからなくなってしまうのだ。それでもど根性でシャッターを切り続けていると液晶モニターに「充電してください」の文字が。
ここまでか。
後でまた使うためにカメラをモバイルバッテリーにつなぎ、リュックにしまった。
蜃気楼おばさんのテンションは上がる一方で、
「これはまだまだ伸びるわよ。Cになったら(双眼鏡を)貸さないわよぉ」
とか言っている。
たぶんベテランのシンキラーであるおばさんが「Cになったら」と言うんだから今は多分レベルDなんだろう。
ちなみにレベルCは、
予備知識がない人や、双眼鏡などを持たない人の、半数ぐらいにはわかる。(「肉眼で識別できるが短時間」「長時間だが双眼鏡がないとわからない」「方向が限定的」など。)[魚津埋没林博物館公式サイトの表記より]
だそうです。
はい。おなじみのなかなか曖昧な表現。信じる心があれば見えるのでしょう。
レベルCになる前にと、私も双眼鏡を覗かせてもらった。
が、正直よくわからなかった。
私には蜃気楼の「伸びたい」という心意気みたいのを感じることができなかったのだ。
「伸びたい」は感じられなかったが「飲みたい」を強く感じ始めた一行は浜焼きの店へ。
そこに並ぶリアルな魚介類を目にして、蜃気楼のようにはかない蜃気楼のことなどあっという間に忘れてしまったのであった。
浜焼きの店で僕らに焼かれたがっている魚介類たち。すべてレベルA(予備知識がなくても満足できる魚介類)
せっせと焼いてせっせと食べて飲んでいると「蜃気楼をレベルCと認定いたしました」との館内放送。
しかし。
「ふぅん。Cだって。あ、ホタテもういいんじゃない?牡蠣は生食用だけどちょっと炙って食べてって言ってたよ。みんなまだビールでいいの?缶チューハイとかあったよ」
みたいな。
人間というものは曖昧なロマンより目の前の確かな幸福にすがりつくものである、なんてことはちっとも考えずに焼き、食い、飲み、酔い、ただただその場で思いついたことをしゃべり続ける愉快な仲間御一行様であった。のんき。
その後お土産タイム、時間調整のダラダラタイムを経て再び黒部宇奈月温泉駅へ。
初日にドライバーを務めてくれた支部長夫人もお土産を持って駆けつけ、富山支部とはここで別れの儀。新幹線に乗り込んだのでした。
帰りの新幹線では飲酒は控え、それぞれ休憩に入る愉快な仲間たちであったが、その中でただひとり業務を続ける者がいた。
それは愉快な仲間公式記録員、そう、YKKである私です。
充電されたカメラのモニターで、蜃気楼の写真を確認していたのです。
大量にある何を撮ったんだかさっぱりわからない青っぽい写真の中にそれはありました。一枚だけ。
では、ご覧いただこう。
おわかりいただけただろうか?
ここ。伸びたがってる↓
後日富山支部長がこんな写真を送ってくれました。見比べてみてください。
位置関係はちょっと違いますが、左の建物の屋根に王冠はなく、今は別に伸びたくないんだということがわかります。
どうでしょう。YKKとして立派に務めを果たした立派な私。
あと余談ですが、ふざけて「Y(愉快な仲間)K(公式)K(記録員)」と名乗っていましたが、富山県っていうか黒部はYKKとは縁が深いところで、あちこちに私を励ますようにこんな看板がありました。
というわけで。この旅行で初の公式記録員としての重責を果たし、さらには手持ちで蜃気楼を撮影するというMGC(ミラクルゴッドハンドカメラマン)にまで急激に成長した私。
そんな私でしたが、最初に撮った集合写真はこんなでした。
なんでしょうこのもたもた感。しかもよく見ると一人足りないし。
若者よ。緒戦の失敗で諦めず努力を続ければ偉大な結果に届くのだ。この私のように。
と、無理やりいい話風になったところで愉快な仲間宇奈月温泉・魚津の旅レポートおしまいでございます。皆さま大変お世話になりました。ありがとうございました。
それでは来年の6月第一土曜日曜まで、ごきげんよう!さようなら!
*魚津・宇奈月温泉レポートリンク
→第1回
→第2回
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→第4回
★なんと手持ちで蜃気楼写真が撮れる!大活躍した光学40倍の僕の相棒
Canon デジタルカメラ PowerShot SX720 HS
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