577 犬の名は

日々棒組み

犬の名づけというものはそのひとのセンスが問われるものではないだろうか。
私は犬を飼ったことがないので実感としてはわからないが、たいていの飼い主は「家族」もしくは「家族同然」として飼い犬を扱うという。
「家族」と「家族同然」の間には深くて暗い溝が、たとえば疎開先の親戚の実の子と疎開した都会の子との待遇の差のような越えられない溝があるような気がするが今は問うまい。

「家族もしくは家族同然」に名前をつけるのだからそれなりに厳粛、とまではいかなくても慎重、であるはず。しかし、慎重でありながらそこは犬の名。若干の冒険心も示したい。「おしゃれ」の要素も加味したい。「呼びやすさ」、「犬側の理解しやすさ」なども無視できない。
これらの条件をすべて満たす名づけは高度なセンスが要求されるというものだろう。
そしてさらに、行動圏内の他の犬と「かぶらない」という絶対条件もある。

我が家の向かいの家は老夫婦が犬を飼っていて、夕方になるとあちこちから犬の散歩をする人々が集まってくる犬散歩の吹きだまり、というか特異点というか重力場みたいなことになっている。
その時間になると遠くからまず犬の甲高い鳴き声がキャンキャンキャンキャン聞こえてくる。そして自分の犬の名前を連呼する飼い主の声。
「ノーンちゃん、いーの、いーのノーンちゃん」
飼い主が本気で鳴きやませる気などないのを知っていてキャンキャンキャンキャン鳴き続けるノーンちゃん。やがて向かいの犬チャッピーもキャンキャンキャンキャン鳴き始める。
「チャッピ、チャッピ、チャーァッピ、あノーンちゃんノンちゃんノォーンちゃーん」
「あーチャッピー、チャッピー、ノーンちゃんチャッピちゃんチャッピちゃんノーンちゃん」
飼い主たちが何を言いたいのか家族でも同然でもない私にはまったくわからない。

やがてマロンちゃんだのショコラちゃんだの(もうどうでもいいが)集まってきて、我が家の前はくそやかま、いや、なごやかななかにもにぎやか、そしてくそうるさ、いや、くそ楽しげな喧騒につつまれるのだ。
ときには通りかかった子どもが犬と遊んでいったりしてさらにやかま、いやほほえましさを加算することもある。
「チャッピチャッピノーンちゃんも、ほらほらリアムちゃんきたーリアムちゃんきたーリアムちゃんとジュピタちゃんもきたー、リアムちゃんわんちゃんちゅきなの、ちゅきなの。そー」
そのガキがキラキラネームだったりしたらもう異次元だ。異次元で重力場で特異点の吹きだまりだ。

このように。
犬の名づけには高度なセンスと気づかいが要求されるのである。
おしゃれで呼びやすく、行動圏内の犬やガキとかぶらない。そんな名づけを心がけたいものである。

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