月もくだけ散る本当の最終回!オトーは月刊スターログと#42:1982年8月号

オトーは月刊スターログと

若いもんには未来があるが、年寄りには過去がある。
未来は不安でいっぱいだが、過去はいいことだけ思い出してりゃいい。
年寄りサイコー。
はい。
というわけで思い出しましょう。楽しかったあのころを。
今日思い出す「あのころ」はこのころ。

月刊スターログ日本版NO.46:1982年8月号 定価680円

表紙
目次

表紙はロバート・マッコール “Robert McCall” のイラスト。NASAの仕事や、映画関係の仕事もしてますね。今回は特別に表紙4の画像も。

表紙4

当時開催された「NASAの巨星マッコール展」の告知になってますが、映画『2001年宇宙の旅』の月面シーンですね。
ちなみにこのマッコール展、場所はラフォーレ原宿6Fのラフォーレ・ミュージアム、入場料は一般600円、高大学生500円、小・中学生300円となっております。

巻頭ピンナップの表カラーはフランスのアニメ映画『時の支配者』“Les Maîtres du temps”。作画監督はメビウスです。
裏モノクロは日本のアニメ映画『Dr.スランプ ほよよ!宇宙大冒険スペース・アドベンチャー』。映画のキャラクターの他に「ペンギン村の地図」の図版も載ってます。

そのころキャプテン・マーベルはガンで死んでた

巻頭の白黒ページに細かい情報記事があって読んでると面白いのですが、アメコミ情報として、『シルバー・サーファー』がファンタスティック・フォーに助けられて故郷の星に帰る新作とか、ファンタスティック・フォーを中心にマーベルのキャラクターが総登場する『ファンタスティック・フォー・ロースト』が人気だそうです。

『THE DEATH OF CAPTAIN MARVEL』というグラフィックノベルも紹介されていて、これは、

“ エイリアンの超人キャプテン・マーベルがガンに害されて死ぬまでを感動的に描いた傑作”

で、初版が売り切れ、版を重ねているそうです、“ 必読 ” となってますね。

仮面ライダー10号のネーム募集の記事もありました。賞金100万円。
10号の名前はこれから決まるとして、8号とか9号とかが誰だかわかりません。
と思って調べたら9号(っていうか9人め)は「仮面ライダースーパー1」でした。
私、学生時代にバイトで二日ばかりスーパー1の中の人やったことあるんですが(詳しくはこちら →人生最高のアルバイト)、あれは9号だったんだなぁ。

仮面ライダー9号 スーパー1(中の人:私)


その月に放送されるテレビ番組の紹介もこのあたりの白黒ページにあるのですが、1982年の7月に放送予定だったのは、『ゾンビ』『ザ・ダーク』『ヘルハウス』など。
あと『SFレーザーブラスト』も放送予定に入っていて、「再度の放映、今回は期待したいが…」などと書いてある。例のトカゲ宇宙人のシーン、放送されたんでしょうか?

『地球は壊滅する』というストレートなタイトルの映画も放送予定で、内容は「マグマのエネルギーを取り出すためにミサイルを打ったら、地球にヒビが。」というもの。そんな乱暴な、と思いましたが、今ではシエールガスの採掘で岩盤を爆破とかしてるそうだから、あながち荒唐無稽とも言えないのかも。そのうち地球にヒビが入って壊滅だな。

そのころ『さよならジュピター』は幸せだった

映画『さよならジュピター』に関しては増刊号で書いているので詳しくはそちらを読んでいただくとして、この号では「『さよならジュピター』映画化邁進!」という見出しで特集が組まれています。
「週刊サンケイ」に連載されていた小説版が完結し、単行本が何ヶ月か前に刊行されたタイミングでの特集。
加藤直之による単行本のカバーイラスト、連載時の挿絵、宮武一貴、米田裕、張仁誠らによるメカニックデザイン画がずらっと並び、いよいよ日本が世界に誇れるSF映画が作られるんだな、と期待が膨らんでいったものです。だってカッコいいもん。絵は。

思えば『さよならジュピター』がいちばん幸せだったのはこの時期だったのではないでしょうか。「この時期まで」っていうか。

小松左京は「『2001年宇宙の旅』のレベルまではクリアしたい」みたいなことをことあるごとに言っていて、映画完成後も「2001年はなんとかクリアした」と、ちょっと意味わかんないこと言っていたのをくっきり覚えてます。

今その『2001年宇宙の旅』製作ドキュメンタリー『2001:キューブリック、クラーク』を読んでいるのですが、『さよならジュピター』がああなっちゃったのって、クラークやトランブルに当たる人はいたけどキューブリックがいなかったって気がするんですね。
一歩間違えば時代に埋もれる平凡な映画になりかねなかったものを時代を超えた傑作にしたのはキューブリックの決してあきらめない執念と、「人としてどうなの?」という強引さだってよくわかります。
キューブリックは迷いながらも「これじゃダメ」というのははっきりわかるらしく、いろいろ(時には人も)切り捨てながら突き進み、最後にあの正解を導いたんだなって思いました。
ま、『さよならジュピター』にも幸せな時期があったじゃないかと、久しぶりに会った別れた夫婦の昔話みたいなことを感じる特集でした。

増刊4号までで『さよならジュピター』を語りつくしました。
さよならジュピター (徳間文庫) Kindle版
小説版は、文庫、電子書籍で読むことができます。
幸せだったあの頃を思い出しながらぜひお読み下さい。
2001:キューブリック、クラーク
やっと三分の一くらい読みましたが、面白いです。キューブリックもクラークも好きになりました。もともと好きだったけどもっと。

そのころ『ブレードランナー』は「いよいよ公開」だった

『ブレードランナー』の特集もあり、「いよいよ7月10日に公開される」とあるので、ホントに公開直前。

特集は、シド・ミードのインタビュー、デザイン画、脚本のハンプトン・ファンチャーとデビッド・ピープルズのインタビューで構成されています。
シド・ミードは自動車のデザインだけで参加の予定だったのが、仕事にかかってみると、全体的な未来像抜きに自動車のデザインができないことに気がつき、「白紙のページに乗り物をスケッチするのは気が進まなかった」ので、脚本を読み、リドリー・スコットたちと話し合いながら背景をつけ加えていったそうです。
そのスケッチをリドリー・スコットが気に入り、「結局は通りのセットから屋内のセット、映画に使う大部分の小道具まで手がけることになってしまったんだ」だそうです。

脚本のハンプトン・ファンチャーは、企画の初期から『ブレードランナー』に関わっていて、原作者のフィリップ・K・ディックは映画化されることにあまり気が進まない印象を受け、「あの当時の彼は、どんな映画の企画だろうと、自分が巻き込まれるのが不安だったのだと思う」と語っています。

ディックは『ブレードランナー』公開直前に亡くなっていますが、その後多くのディック作品が映画や連続ドラマとして映像化されています。
それも『ブレードランナー』の長い期間にわたる高評価あっての現象だと思われますが、ディックが存命だったらこの映像化の流れはどうだったのかな、と考えてしまいます。『ブレードランナー』の続編とか。
ファンチャーは、原作と映画は初期段階を過ぎると別の動物になる、というようなことを言っています。『ブレードランナー』に関しては、完成した映画と原作は「いかなる相似点も見つけだすことはできない」と語っています。

そのころ武部本一郎は没後2年だった

回想の武部本一郎 英雄伝説と宇宙探検の日々」というタイトルの特集がありました。
7月17日が命日で、このスターログ発売時点で没後2年だったそうです。カラーやモノクロでカバーアートや挿絵、デッサン画が紹介されています。
バロウズの火星シリーズやターザンのカバーアートで有名ですが、生前は作品集が刊行されることはなく、没後1年後に岩崎書店から刊行された『武部本一郎SFアート傑作集』(全3巻)が初の作品集だそうです。
この3冊は買って、今でも持ってます。横長の上製本ですね。

『武部本一郎SFアート傑作集』(全3巻)岩崎書店版
(カバーを外して撮影)


記事では早川書房より限定600部、予価18,000円の画集「武部本一郎画集」がまもなく発売で、「SFアートはもちろん、童話作品、デッサンから個人蔵の作品まで集めた武部アートの集大成」だそうです。
これは買えなかったなー。

ちなみに岩崎書店版との重複は1点もなく、未公開作品も数多く収録されているそうです。
出版物に使われた代表的なものは岩崎書店版にかなり収録されているように思えますが、個人蔵とか未公開作品とか印刷されない大作とかありそうで気になります。
この記事の時点で600部のうち400部予約済みだそうです。

なんか値段がえらいことになってますが…

そのころ 読者は“情報”を求めていた

読者ページ「LOG COMMUNITY」にこんな投稿がありました。

●富士急行の住所を教えてください。お礼は「宇宙船」の創刊号か「プラモのモ子ちゃん模型講座」のどちらか一冊で。まずは往復ハガキで連絡下さい。

読者ページ「LOG COMMUNITY」より

和歌山県の読者からなんですが、ちょっと気になったのでご紹介。

知らない人もあまりいないと思いますが、富士急行って、富士山周辺の遊園地(富士急ハイランド)とかホテルとか鉄道とかバス路線の会社で、私の実家周辺のバスは富士急行でした。タクシーもあったかな。
そういう、観光やレジャーとかの会社なので、ネット検索とかが無い当時でも簡単に調べる方法があったはずなんですよね、電話帳とか。
それをわざわざ月刊誌の読者コーナーにお便りを出して “まずは往復ハガキで連絡” って、いくら37年前とはいえ回りくどいにもほどがあるように思えますがどうでしょう?
あと、そのお礼が “「宇宙船」の創刊号か「プラモのモ子ちゃん模型講座」のどちらか一冊 ”というのも興味深いところです。
この人にとって「富士急行の住所」という情報と「宇宙船」の創刊号もしくは「プラモのモ子ちゃん模型講座」が等価なんですね。
この一件、どうなったかとても気になります。
親切な(多分富士山周辺在住の)読者が普通のハガキで住所を教えてあげて、「お礼は要りませんよ」みたいなことが書き添えられていた、というのが私の予想なんですがどうでしょう?
で、そのあと何通も往復ハガキが来てこの人困っちゃった、と。

富士急行公式サイト

そんな過去の読者交流の結末を気にしつつ、「オトーは月刊スターログと」第42回、終了でございます。
そして、告知しておりましたが、今回で手持ちの月刊スターログが(本当に今度こそ)尽きましたので、コーナーの最終回とさせていただきます。
長い間ご愛読いただきましてありがとうございました。

*尚、「オトーラの書」は営業を続けておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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