良い子のみんなとのお約束。伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』を読んだら

活字の子 活字の子

映画版の感想をアップしたばかりですが(こちら →約1分間の空白の謎が肝。映画『フィッシュストーリー』を観たら)、そこで書いたように「この物語を文章でどう書いたんだろう?」と思い、原作を読みました。

伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』(新潮文庫)

原作小説は文庫本で70ページ足らず。映画と比べると要素が少なく、内容もかなり違っていました。
映画の「肝」が、売れなかったバンドの売れなかった歌の空白の1分間にあると書きましたが、小説はほぼそこだけというか、「売れなかったバンドの売れなかった歌に存在意味はあるのか?」というお話でした。
で、「売れなかったバンドの売れなかった歌にも意味はあるかもしれないじゃん、例えばね、」という話でした。
映画版が原作の「肝」はキープしつつ、かなり自由に膨らませているのがよくわかります。
小説(や漫画)の映画化って、短編の肝を抜き出して膨らませるのがいいのかな、と思いました。
長編でこれをやると大抵原作ファンを怒らせますが(特に漫画)。
おそらく、誰もが知ってるヒット作の方が映画化の企画が通りやすい、でも本来無理がある、ということなんでしょう。映画制作の実情など知りませんが。
映画版とはだいぶ違いますが、歌に1分間の空白があったおかげで巡り巡って世界は救われます。
世界を救うなんて大きな話にしなくても、「巡り巡って歌の存在価値を描く」という話は出来そうで、そっちの方が心に染みる心に染みる話になりそうですが、そこはそれ、“fish story”(ホラ話)ですから。

タイトルとURLをコピーしました