もう、なくなってからずいぶん経つが。
家から歩いて3分くらいの国道沿いに古本屋があった。
そのはす向かいに新刊本屋もあったりして、なかなかな住環境だったが、その新刊本屋も今はない。
古本屋で最大の売り場スペースを占めていたのは漫画だったが、他の本の品揃えも良くて、休日に立ち寄ってあれこれ見て歩くのが楽しみだった。見て回るだけで幸せになれた。

昔買っていた『月刊OUT』、その増刊の『ランデヴー』、そのまた別冊だかの『ランデヴーコミック』、ご存知『月刊スターログ』、マニアックなアメコミ関連本(洋書も多数)、マニアックなスタートレック本(こちらも洋書多数)、プロレス雑誌のバックナンバー、白水社のカフカの本、特撮のDVD、RCサクセションのCD、みんな買って持ち帰りたかったがもちろんそれはかなわず、一部だけ買い求め、その店で買ったものは、本も雑誌もDVDもCDもすべて、今も手元にある。
とにかく私にとっては夢のような店だった。

ある、気持ちよく晴れた日曜日(土曜日だったかもしれない)。
その幸せ空間で幸せにひたりながら店内を巡回していると、外で何か騒ぎが起こった。
何だろう?人がどなり合うような声。何か金属的なものがぶつかり合う音。若い男女の悲鳴。
幸せなひと時は破れ、緊迫した気持ちで国道に面したガラスの壁から外を見ると、国道を挟んだその向こうの倉庫の前の駐車スペースで何人かの大男がもみ合っていた。周囲を普通の男女が取り巻いている。
もみ合っている大男はみな、Tシャツにジーンズみたいな格好だったが、シャツや顔面が赤く血で染まっている。
あ。
幸せ空間にいてすっかり忘れていたが、その倉庫は時々、プロレス会場にもなる場所だったのだ。
そういえば最近、町にプロレスのポスターが貼られているのを見かけたわ。
かつてはプロレスファンだったが、団体数が増えるのに反比例してプロレスへの興味がしぼんでいた私は、そのプロレスのポスターを見ても何も感じず、その日に興行があることも知らなかった。

(ああ。ターザン後藤じゃん)

少し距離があったが、大男のうち、Tシャツを血に染めて、血まみれの長髪を振り乱しているのがターザン後藤だということはかろうじてわかった。
他の大男はよくわからなかった。そもそも知らない人たちだったのかもしれない。

よく晴れた気持ちのいい日曜日。
幸せな古本屋。
ガラス越しの国道のその向こう。
血まみれでどつきあう大男たち。

ターザン後藤はやがて、掴みかかる大男を振り払うと、別の大男(弟子だか子分だかパートナーだか)が運転する平たくて大きなオープンカーに乗り込み、ギュギュンとタイヤを鳴らすとそのまま国道を走り去った。血まみれのTシャツと長髪のまま。

インパクトは強烈だったが、時間的にはあっという間だった。
倉庫前の別の大男も男女もサッと姿を消し、私は再び古本屋での幸せな時間に戻った。ひょっとしたらそのあとはプロレス雑誌周りの滞在時間がいつもより長かったかもしれない。
大事な古本屋での時間にちょっぴり割り込んだ(血まみれの)思い出。
その古本屋も、はす向かいの新刊本屋も、プロレス会場に使われた倉庫も今は無い。

と、いい具合の思い出話に仕上げてみたが、ここまで書き上げてから、「ひょっとしたらあれはターザン後藤じゃなくてミスターポーゴだったかも?」と思い始めている。
まぁ。
どっちでも成立するような話ではあるけどさ。
あー、あそこで『ランデヴー』買っとけばよかったなー。


blinktasu