誕生日に核戦争が始まる。映画『サクリファイス』“Offret”“Sacrificatio”を観たら

アンドレイ・タルコフスキー監督最後の映画『サクリファイス』を鑑賞しました。
あれはいつだったかだいぶ前に観たのですが、暗い暗いものが投げつけられたその先にいくらか明るい吹き抜けるものを感じたような記憶があります。真夜中から明け方の曇り空くらい。

この映画、今こそ観るべきだと思い、以前録画したNKK-BS放送版を観ようとしたのですが、画面右上にスタンプされる放送局のロゴが非常識にデカくてイライラしたので観るのをやめてしまいました。
なんだよ、と思っていたら新版のBlu-rayが発売されることを知り、発売を待っての鑑賞となりました。

サクリファイス 4Kレストア 特別盤 Blu-ray 

4Kレストア 特別盤ということですが、4Kの再生装置は持っていないので、画像のキレイさとかはよくわかりません。そもそも私の目が0.5Kあるか無いかなのでもうそういうとこわかりません。

元は著名な舞台俳優で、今は舞台の評論やらの著述業となっている(もうちょっと複雑なポジションみたいですが)アレクサンデルが主人公。
冒頭、爽やかな海辺から林の中の場面が続きます。
アレクサンデルは息子に延々と取り止めのないことを語り続けます。
息子は喉の手術をしたばかりで口がきけません。アンドレイはただただ語り続けます。
取り止めのないことに聞こえますが、ここで語られたことが後で重要な意味を持ってきます。今住んでいる家への深い想い、神は実在しないと思っていることなど。
その日はアレクサンデルの誕生日で、お祝いのために何人かの人が訪れます。

そしてその夜。
室内は暗いのに窓の外は明るかったりして判然としないのですが、いわゆる白夜らしいです。不思議な雰囲気。
核戦争が起こります。それは、戦闘機の爆音やテレビ放送の音声や、その放送が途切れることで伝えられますが、空気が重く重く暗く暗くなってゆきます。
神は実在しないと言っていたアレクサンデルはここで神に祈ります。

私は持ってる物のすべてを捧げます
あなたがすべてを
今朝や昨日のように
復活させてくださるなら

しかしこの祈りだけでは不十分でした。
この後アレクサンデルは魔女と関係を持ち、
目覚めるとそこは核戦争が起こらなかった世界でした。

この辺りで映画の4分の3くらい。ここからアレクサンデルのサクリファイス行動が始まります。

タルコフスキーの映画の中ではストーリーを説明しやすい方だと思いますが、言葉にならないものが積み重なっていきますので、実際映画を観たら文字の説明とはだいぶ違った印象を受けると思います。
文字や静止画を連ねて全て伝わる映画なんてゴミですよね。

特典映像DVDは『Regi Andrej Tarkovskij』(1988、日本公開題『タルコフスキー・ファイル in 「サクリファイス」』。
タルコフスキーの著作からの言葉と思われるナレーション、講演風景、そして『サクリファイス』の撮影風景で構成されたドキュメンタリーです。
「映画は時間のモザイク」、「事件ではなく人間の内面が重要」などといったタルコフスキーの言葉は興味深く、詩のように聴こえることもあるのですが、この特典のメインはやはり撮影風景でした。
核戦争後の町を人々が右往左往するシーンの演出では、「白い服の人が多いから黒い服を増やせ」とか、スタッフに「笑わないで」と言われている俳優がいたりでなかなか面白いです。
横転している車の角度や位置も決めてました。もうちょっとあっちだとか車の裏を見せろだとか言ってました。
普通っちゃ普通ですがなにしろタルコフスキー。何でも重く聞こえます。
タルコフスキーはロシア語で話していると思いますが、英語の通訳が付いていました。通訳をはさんでの演出はちょっともどかしい感じも。
クライマックスの、家が燃え上がるシーンの撮影風景もありました。
家が燃え始めて焼け落ちるまで、その家の前で俳優が演技し続ける有名な長回しのシーンですね。家は一軒しかないので一発勝負です。
家が焼け落ちるのってそれだけで迫力あるシーンになりそうですが、かなり遠くから撮ってます。燃え上がる家、走り回る俳優や救急車、段取りが大変そうです。誰か転んだりしたらたいへんです。「救急車ーっ!どこへ行くんだ救急車ーっ!」なんて声もします。段取りを間違えたのでしょうか?一発勝負なのに。

と思ったら次の場面ではタルコフスキーも含め全員が暗い顔をしています。
なんと、カメラが故障して、重要なシーンが撮影されていなかったのです。
タルコフスキーが「何で途中で言わなかったんだ」とか言ってます。
みんな沈んでます。この世の終わりみたいです。核戦争でも起こったみたいです。
ここの雰囲気すごいです。いい大人がみんなでどうしたらいいかわからなくて途方に暮れています。
時々タルコフスキーが口を開きます。
「最高のスタッフで嬉しいよ」
みたいなこと言ってます。通訳されてます。通訳の人かわいそうです。

この時のタルコフスキーの落ち込みは大変なもので、外国にいた奥さんが、別の用事をキャンセルして慰めに駆け付けたそうです。
「家も燃えちゃったし」と、撮れた分を編集して何とか仕上げましょうよと周囲は説得したそうですがそこはタルコフスキー。「そういうことじゃないんだ」と、元の構想を貫く決意はゆるぎません。
というわけで、大特急で家を建て直し、再撮影。今度は無事に完了いたしました。
一発勝負を二発勝負にして勝利する。これがタルコフスキーだと思い知ったドキュメンタリーでした。
キューブリックもそうだけど、歴史に残る映画を作る人ってどこかアレですよね、アレ。
ただ、タルコフスキーは家を超特急で立て直したスタッフをすごいと讃えていましたが、キューブリックだったらコストの計算してそうではあります。

特典映像の方はDVDということで画像も荒い感じですが、何より字幕が汚いのがいやですね、DVDは。
最初に書きましたがこちらの眼が衰えているので、画像のきれいさはそう重要じゃないのですが、字幕の読めなさはかなり気になります。

1986年にスウェーデンで作られた映画です。タルコフスキーはこの映画完成後1986年に亡くなっています。ソ連崩壊の5年前ですね。核戦争勃発の恐怖が現実的で身近だったのでしょう。

映画に関してはこちらが詳しかったです →アンドレイ・タルコフスキー映画祭『サクリファイス』

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