硬くて重くて手強い。N・K・ジェミシン「〈破壊された地球〉三部作」を読んだら

三部作で長いのは承知の上で読み始めましたが、内容もなかなか難物で、1作目から3作目までずっと、「こりゃ手強いの選んじゃったなぁ」と思いながら読み続けてました。
そしたら、最終巻の著者による「謝辞」の書き出しが、

‟ フーッ。 なかなか 手強かっ た でしょ う?”

だって。
自分でも何を書いちゃったか重々承知していたのです。
まぁそりゃそうだよね。書く方が何万倍も大変だよね、こんなの。
第1作『第五の季節』の「謝辞」では、書き始めたけど捨てようと思った時の心境をこんな風に書いてます。

‟ この しっ ちゃ か めっちゃ かの クズ を 削除 し て、 ドロップ ボックス を ハッキング し て バックアップ を 始末 し て、 ラップ トップ を 崖 から 落とし て、 それ を 車 で 轢い て、 その 車 もろ とも 火 を つけ て、(以下略)”

だそうです。もう憎しみしかないですね。それとドロップボックス使ってるんですね、この人。便利だもんね。

というわけで作者に憎まれながら完成した三部作。SF賞には愛されたようで、「3年連続で三部作すべてがヒューゴー賞長編部門受賞」です。どーです。これはすごい。
レスリングだったら吉田沙保里、陸上なら人見絹江、アニメだったら『風の谷のナウシカ』テレビ放送何度目だ、というくらいすごい。

第五の季節

オベリスクの門

輝石の空

この小説、手強く感じてしまうのは、まずなじみにくい世界観ですかね。
〈破壊された地球〉とは言っていますが、私たちが今住んでる地球とはだいぶ違う法則で動いてます。
人類も、いろんな種族がいて、特殊な能力を持っていたり、外観もそれぞれかなり特徴がある。さらに人種が混じりあってそれぞれの特徴を部分的に受け継いでる者も少なくない。
もうビジュアル浮かんでこない。
「〇〇人の血が強く残っているようだ」とか言われてもポカンとするばかり。

「石喰い」と呼ばれる謎の種族は時間の感覚が人類と全く違ううえ、地中を(岩の中とか)自由に移動できたりします。ずっと前のアメリカのSFドラマ『アース2』にそんな種族が出てきたのを思い出しました。
この「石喰い」の行動が地球にとってとても重要なのですが、終盤になるまでわかりませんでした。

なじみのない世界の上に、序盤では構成にトリックがあるため、ちょっと気を抜くと誰に何が起きているのか見失ってしまいます。
でも構成のトリックに気づく瞬間はなかなか快感でした。
薄々、「これってこういうことじゃないかなー」と思って読み進めていると「やっぱりねー」と気持ち良い瞬間を味わえます。長続きしませんが。

個人的すぎる話ですが、主人公母娘の名前がエッスンとナッスンというのがどうにも漫画『SKET DANCE』の主人公ボッスンを思い出してしまって、出てくるたびになんだかくすぐったい思いをしていました。

後半ではいろいろな謎が解けてゆき、世界が、人々がなぜこんな姿になったのかがうっすら明らかになっていきます。
「うっすら」と書いたのは、私の読み込みの未熟さと、登場人物たちも世界のありようを理解しているわけではないからだと思います。

もうひとつ、読んでる間に何度も思ったのは、会話のシーンでセリフとセリフの間に何らかの描写が何行も挟まることがとても多い。
人物Aが人物Bに何かを問いただすようなシーンで、
「お前〇〇したのか?」
というセリフの後にBがAの様子を眺めて気づいたこととか昔殺しちゃった誰かのことを思い出したこととか何行も読まされてから、
「いや、あれは俺じゃない」
とか言うんだけどその時は何の話だったか忘れていて、頁を戻って元の質問を読み直したりしてました。
読み手が気持ちよくなるリズムというのを許さない感じ。ごつごつ硬くて重いものを手で押して動かしているような独特の読書感でした。
でもだからこそたどり着いた場所が確かにありました。読んでよかった、というか読み終えられてほっとした、かな。

この小説に対する態度は次の二択になります。
読まないか、
読むなら三冊一気に読む。

へとへとになりますけどね。

で、次はこれ読み始めました。

浅田次郎『中原の虹』

いやー面白い。すいすい読めちゃう。馬に乗って草原を駆けるがごとき読書感。
馬で駆けたことなんかないけどそう思っちゃうくらいすいすいパカパカ。
素手で岩を転がすような読書もあれば馬で駆けるような読書もある、と。
鍛えられるね、読書筋が、
いろんな本が読めて幸せだね、ってそういうこと。

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