親バカなのでしょう。
アヤはちっちゃいころホントに可愛くて、当時はたぶん「世界一可愛いアヤちゃん」だったと思います。「アヤちゃん部門世界一位」。
……。
少なくとも「日本のアヤちゃん」の中では1位だったでしょう。
……。
「埼玉県のアヤちゃん」なら確実、、、、
……。
ホントにホントの100%の話をしろよって言われたら「町内で一番可愛いアヤちゃん」でした。
はい。
親バカなのでしょう。

時々その、「世界」から「町内」までのどこかでは一番可愛いかったころのアヤを思い出します。
抱き上げた時の重さ、私を見上げる笑顔、頭をなでた時の湿り気。

ああもう。
あのアヤは世界にも町内にもどこにも存在しないんだ。
あのアヤを抱き上げたり笑顔を見てこちらも笑顔になったり湿った頭をなでたりすることはもう永遠にできないんだ。
そう思うとたまらない喪失感に襲われます。

その代わり。
世界一ないし町内一可愛いアヤの代わりに。
朝には私が一週間入院した時くらい重いバッグを背負って高校に出かけ、帰ってきてはリビングに自分のカバンや学用品を置き散らかし、自分の部屋の壁いっぱいにアニメだかゲームだかの推しキャラのあれやらこれやらを貼りまくり、カラオケに行けばとても人間とは思えないスピードの歌を歌いまくる女子高生のアヤさんがいます。

もちろんあのころのような可愛さはありません。可愛かったなぁ、あのころアヤちゃん。
ああ、あのころのアヤちゃんにもう一度だけ会いたい。

とか思うことがありますが。

たとえば。
今私の前にボヨン!と白い煙とともに神様が現れて、ちょっとカン高い声で、

「よかろう。
よろしかろう。
汝は今まで善き父、善き社会人、そして、PVはさっぱりだが不平も言わない善きブロガーであった。
よろしい。
今まででいちばん可愛いいアヤと、今のなにやら色々なアヤと交換してしんぜよう」

と、
もしも言ったとして。
もしもだよも・し・も。そんなことはないって知ってるけども・し・も、そんなことを言ったとし・て。だよ。

「マジっすか、いちばん可愛いアヤとっすか?あ、えーとどうしよ。生まれてすぐは意外と可愛くないんだよな、首が座って、お座りできてそれ以降だな。あ、でもオムツとかめんどくさいからオムツが取れてからかな。いつだっけアヤのオムツが取れたの。3歳くらいだっけ?かわいかったなぁ3歳のアヤ。俺とも遊びたがって休みの日は毎日公園で遊んだり自転車で河原のハト見に行ったり。毎日毎日。
……。
…毎日かぁ。着替えとかも自分でできないしなぁ。朝の5時から絵本読まされたりしたなぁ。
もうちょっと自分のことを自分でできるようになってものがわかるようになってからの方がいいな。楽で。幼稚園くらい?幼稚園くらい!」

「いいのじゃな?幼稚園くらいのアヤと今のアヤを交換して。では、」

「あ、ちょちょちょっと待って。よーちえん、よーちえん、よ〜ちえん?あ〜、自転車の練習とかしたよなぁ、あれ今の俺の歳じゃきついなぁ。無理だなぁ、腰やっちゃうなぁ。
ということは小学生。小学生、小学生なー、小学っていえばあの算数セットってなんなんだ?ろくねんかんで一回くらい使うのかあれ?あんなのまた買わされるのか?やだなー。癒着の匂いのする商売につき合わされるのやだなー。細かい棒みたいのに全部名前シール貼るのもやだなー(俺はやってないけど)」

「小学生じゃなければ中学生じゃな。では中学生のアヤと今のアヤと交換してしんぜよう」

「えーっ、中学なんてこないだ卒業したばっかじゃん、それに高校受験とかまたやるのー?いくらなんでもかわいそうだよ。
しょうがないから1回だけ、1回だけ3歳のアヤを抱っこさせて。1回でいいから。ね?」

「ダメじゃ」ボヨン!

というわけで。

我が家のリビングでは、高校の書道部の合宿で三日三晩朝も昼も夜も字を書き続けて手の爪の先が墨で黒くなったアヤ(女子高生バージョン)が、合宿の荷物をそこらに転がしたまま、録画していたアニメやNetflixのアニメやamazon primeビデオのアニメをずっとずっとずーっと見続けているのでした。

アヤちゃんアヤちゃん、
お父さん、
病院で観た『スタートレック ヴォイジャー』の続き観たいんだけど…。

ま、いいか。
面白いよね、『斉木楠雄のΨ難』。


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