夏が終われば秋が来る。今日の次には明日が来る。きのうはどこへ行ったのかしら?
はい。
何を言ってるのか自分でもわかりません。
とにかく昔を懐かしむこの企画「オトーは月刊スターログと」第37回はこの号です。なんと50号記念号!ゴジューゴーキネンゴー!

月刊スターログ日本版NO.50:1982年12月号 定価680円

表紙

目次

表紙はまたまた『E.T.』。公開前から大騒ぎだったので賞味期限が長かったのでしょう。「公開まで34日」と印刷されています。月の前を飛んでいる有名なシーンですが、映画と逆向きのような気がします。このシーン、左から右へ飛んでませんでした?
気になったので手元にある「20周年アニバーサリー特別版」を見たらやっぱり左から右へ飛んでいましたが、この表紙、単純に裏返しとかじゃないようで、月や木の位置関係が違ってました。月の模様もなんか違うみたいです。
「20周年アニバーサリー特別版」はかなりいじってあるので劇場公開時とどうなのかはわかりません。

巻頭ピンナップは、表のカラーが「SF映画タイトル・メモリアル」として色々な映画のタイトル画面が並んでます。裏はスターログ50号記念としてNo.35からNo.49までのindexが載ってます。正直表も裏もあまり面白くありません。

そのころ『ファイアスターター』の監督はジョン・カーペンターだった

『遊星からの物体X』の公開を間近に控えた(ってことは『E.T.
』と割と近かったんですね、公開が)ジョン・カーペンターの次回作がスティーブン・キング原作の『ファイアスターター』であると報じられています。実現しませんでしたが。
のちにジョン・カーペンターはキング原作の『クリスティーン』を監督することになりますね。
『ファイアスターター』は別の監督で映画化され、日本では『炎の少女チャーリー』というタイトルで公開されます。
とんだクソ映画になってしまいましたが、『E.T.』のドリュー・バリモアが主演することになったのがこのスターログ50号の不思議な巡り合わせ、ということにしときましょう。

そのころ『E.T.』のゲームは埋められる運命を歩み始めていた

というわけで公開間近の『E.T.』ですが、この号の特集は「HOW TO MEET E.T.」。「E.T.に逢える方法」ですね。「早くETに逢いたい!!」と見出しで煽ってますが、特集の中身は、過去のSF映画に出てきた少年少女の紹介で『E.T.』とは関連の薄い内容でした。
「無垢な少年少女こそE.T.に逢える」というこじつけ企画なんですが、紹介されている映画が『光る眼』『キャリー』『ザ・ショック』『オーメン 最後の闘争』ってどこが純粋無垢な少年少女だよ。
懐かしくて面白いからいいけど。
「E.T.に逢える」特集の少し後に、「TVゲーム発展史」という特集があって、1978年あたりから、1982年までのTVゲームの流れが紹介されています。
私は、『E.T.』特集とTVゲーム特集の並びもこの50号の不思議な巡り合わせだな、と思いました。
というのは、『E.T.』はATARIというアメリカの家庭用ゲーム機のソフトとしてゲーム化されるのですが、これがとんだクソゲーだったらしく、売れ残った数百万本が、なんと砂漠に埋められてしまったそうです。
この「砂漠に埋めた」話は、長い間都市伝説とされていたそうですが、20年以上経ってその「ゲームの墓場」とされている場所を掘り返したら本当にパッケージが発見されたそうです。
ゲーム業界では有名な話らしく、「ATARIショック」「ETゲーム」とかで検索すると詳しい話が出てきます。面白いですよ。当事者は大変だったろうけど。
ってこれ、『アタリゲームオーバー』ってタイトルでドキュメンタリーになってますね。
すげーなアメリカ。いつか観よっと。

ATARI GAME OVER アタリ ゲームオーバー


そのころ日本SF映画は復興の道を歩み始めた

池田憲章の連載「日本特撮秘史」がこの号から始まってました。
新連載は見開きドカンと海底軍艦轟天の勇姿。「ぬいぐるみ」や「操演」に話題が偏りがちな日本の特撮技術を、もっと大系化された技術研究とすべく、そのとっかかりを作りたいという発想からの連載企画。日本の特撮技術を、写真を多用して紹介しますと挨拶しています。
轟天の見開き写真で始まってますが、第1回は『ガス人間第1号』の解説がメインになってました。第1回だから第1号。その気持ち、よくわかります。

ガス人間第1号


そのころスタァが立て続けに亡くなっていた

今年はやけに芸能人、漫画家、格闘家など有名人の訃報が続いているように思いますが、この月刊スターログ50号が発売された1982年も他界するスターが多かったようで、石上三登志はコラムでジョン・ベルーシ、志村喬、ウォーレン・オーツ、ヘンリー・フォンダ、イングリッド・バーグマン、グレイス・ケリーらが次々と他界して気が滅入っていると書いてます。
そのコラムのタイトルが「あまりSF的じゃない夜に、ヴィク・モローと銀座を歩いた。」です。
ヴィク・モローが『トワイライト・ゾーン』の撮影中の事故で死亡したのもこの年だったようです。
石上三登志は『スターウォーズ』の大ヒットにあやかろうとした二本の映画、『惑星大戦争』と『宇宙からのメッセージ』の両方に関わったという珍しい人で、その時に、『宇宙からのメッセージ』でガルダ将軍を演じたヴィク・モローとも接触があったそうです。
石上三登志にとってのヴィク・モローは『暴力教室』や『アメリカを震撼させた夜』での役や演技であって、断じて宇宙将軍ガルダなどではないと力説していました。

暴力教室

吹き始めた秋風のせいかしら?
今回はしみじみした話題が多かったですね。それではこのへんでさようならごきげんよう。


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